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2007年5月の学長
2007年5月
5月4日 
スモール・スクール(1)
5月5日 
スモール・スクール(2)
5月6日 
スモール・スクール(3)
5月7日 
渇望
5月8日 
たのしくやろう
5月9日 
ごみ拾い(&カレー)大会
5月10日 
対話に満ちた学校
5月11日 
記事を書きました
5月13日 
対話(1)
5月14日 
対話(2)
5月15日 
人とモノの関係(1)
5月16日 
部分と全体(1)
5月17日 
部分と全体(2)
5月18日 
部分と全体(3)
5月19日 
人とモノの関係(2)
5月20日 
人とモノの関係(3)
5月21日 
選ぶこと(1)
5月22日 
選ぶこと(2)
5月23日 
選ぶこと(3)
5月24日 
選ぶこと(4)
5月25日 
選ぶこと(5)
5月26日 
すくすく育っています
5月27日 
ソフィー・ザ・コミュニケーション大学!(1)
5月28日 
ソフィー・ザ・コミュニケーション大学!(2)
5月29日 
2億分の1(1)
5月30日 
2億分の1(2)
5月31日 
空っぽ

2007/5/4(金)
スモール・スクール(1)

5/2日にサティシュ・クマールさんの講演会に行ってきました。
http://kachina.sakura.ne.jp/kumar/

サティシュさんは「スモール・スクール」という名前の子供向けの学校と、
シューマッハ・カレッジという大人向けの学校をイギリスで運営しています。

今、WEBキャンパスで取り上げている本の著者、
Margaret Wheatleyのことを調べていたときに、
この学校のことをはじめて知りました。

つい先日のことです。
http://scoh.exblog.jp/4868563

興味を持って、調べていると、
その学校を作った人がちょうど日本に来ることを知りました。

しかも恵比寿キャンパスから自転車で10分くらいの
場所が会場。

縁を感じて、すぐに申し込んだんです。

お話を聞きにいって、
とてもよかった。

たくさんの刺激を頂いてきました。

というのは・・・
(つづく)

2007/5/5(土)
スモール・スクール(2)

まず、刺激になったのは、
「小さな学校をつくる」
という考えをもって、大胆に行動している、
という人がすでにいるということ。

3/16の「今日の学長」(リンク)で書いたように、
有機的な小さな学びのコミュニティが
あちこちにあったら、楽しいんじゃないか、
それがソフィーが目指すイメージなんじゃないか
という話はよくしていた。

そのあたりのイメージが、
ソフィーのものがたり」にも反映されている。

サティシュさんの「スモール・スクール」の発想は
ソフィーのイメージとたくさんの共通点があった。

(またつづく)

2007/5/6(日)
スモール・スクール(3)

さらに刺激になったのは、
その「スモール・スクール」という考え方に
共感して集まった人が本当にたくさんいたということ。

講演会130人の定員が、
あっという間に満員になり、
受付開始から数週間(数日間かも)で締め切りになってしまった。

これは心強い。

もっとわれわれも自信を持って、
こういうコンセプトを話していっていいのかも。

背中をグッと押された気がした。

2007/5/7(月)
渇望

すでに何回か書いたように
ほうれん草とトマトを
「永田農法」と呼ばれる方法で育て始めている。

これは別名「スパルタ農法」とも呼ばれていて、
水と養分を野菜が「欲しい!」と渇望し、
もう我慢できない限界まで待ち、
ギリギリのタイミングで最低限のみを与える、
という方法だそうだ。

その結果、水も養分も贅沢に育てた野菜よりも、
甘くてモチモチの野菜になるという。

この「渇望」というのがミソのような気がする。

心がカラカラになるほど「欲しい!」と思ったもの。

その度合いが高いものほど、
生命はそこから自分の身になるものを吸収する割合が
高くなるのかもしれない。

自分を育てたければ、
まずはこの「渇望」を起こす。
ソフィーメソッドのフォーカス、心理的リアクタンスなどはこの典型)

チームを育てたければ
その中に「渇望」を促進する。
(同じくソフィーメソッドのマスターマインディングはこれに役立つ)

答えを探したり、
答えを与えたりする前に、
これが大切、ということかも。

2007/5/8(火)
たのしくやろう

正しいことでも、つまらないことには
人はついてこない。

一時的についてきても
決して続かない。

だから、良いことほどたのしくやろう。

良いことで、たのしくて、
経済的にも見返りがあるものであれば、
やらない理由がない。

人は最初は遠巻きに様子を見ているかもしれないけど、
だんだん興味を持って近づいてきて、
力を貸してくれるようになる。

「良いことは、苦しまないと成し得ない」
という考えにしがみついている必要はない。

良いことをやったら、まわりは喜ぶし、
社会を良くするし、自分も気持ちいい。

だから本来そういうことは
たのしいものなんだ。

2007/5/9(水)
ごみ拾い(&カレー)大会

行動するための洋書塾@長岡キャンパスの
行動は加速しています。

先月末のマスターマインディングで
ごみ拾い(&カレー)大会を
みんなの力を合わせてすることになりました。

日ごろお世話になっている長岡の街に感謝の意味をこめて
ごみを拾って歩き、
お腹がすいたところでみんなで作ったカレーを食べよう、
という会です。

日にちは5月20日(日)。
(くわしくはHPでお知らせします)

その打ち合わせを今日、行いました。
わずか1時間足らずのうちに
でてくるアイデアの嵐。


とってもクリエイティブな
ごみ拾い大会になりそうです!

2007/5/10(木)
対話に満ちた学校

ソフィーは「対話に満ちた学校」だと思う。
学習塾でも洋書塾でもたくさんの対話が起こる。

そしてその対話の中から
たくさんの発見と驚きが起こる。

同時になにかに包まれたような安心感も
その場所に育っていく。

そして不思議とひとりで集中している人にとっても、
この話し声がうるさく感じない。
それどころか気持ちよく、やる気を刺激してくれる。

2007/5/11(金)
記事を書きました

「アイン」という独身女性向けのホームページマガジンに
「洋書を読んで夢をかなえる」という記事を書きました。

「なぜ洋書を読むといいのか」について、
わかりやすくまとめました。

リンクはこちらです。
http://www.eine.bz/p05_ichioshi/ichioshi_you1.html
http://www.eine.bz/p05_ichioshi/ichioshi_01.html



2007/5/13(日)
対話(1)

「対話」って今の世の中にはとても少ないのかな、と思う。

「おしゃべり」はいっぱい存在している。
「議論」も結構ある。
「説得」もたくさんある。

だけど「対話」ってないんだよな。

2007/5/14(月)
対話(2)

対話は新しいものを作り出す。
対話は人を楽しい気持ちにさせる。
対話は人に新しい学びを運んでくれる。
対話はそれ自体で人の癒しになる。
対話は社会の風通しを良くしてくれる。

だから対話がたくさん起こる
心地のいい場所をたくさん作りたい。

ひとつつくるのに10年かかった。
だけどひとつできたら、
ふたつ目以降は、ずっと簡単だと思う。

2007/5/15(火)
人とモノの関係(1)

今まで、「人と人との関係」については
よーく考えてきたつもり。
そしてできる範囲で行動にも移してきたつもり。

「人と知識の関係」もかなり考えたな。

「人と自然との関係」も、行動はこれからだけど、
考えてきたほうだと思う。

でも、「人とモノとの関係」は
正直言って軽視してきたところがある。

物質的なものよりも大切なものがある、
と思って軽く見ていたところはある。

でも、そろそろモノに関しても、
じっくり考えてみてもいいかな。

そう近頃思っている。

だってモノは身の回りにこんなにたくさんある。
そして毎日お世話になっているのだから。

2007/5/16(水)
部分と全体(1)

たとえば「あなた」という人を見るときに、
部分を切り離して心臓だけを見ても、
どんな人なのかはわからない。

細胞レベルにまでこまかく切り刻んで
顕微鏡で観察してみたところで、
「あなた」という人を知ることは出来ない。

極端な例えだけど、
要するに今の科学でやっていることは
こういうことだと思う。

分析して物事を理解しようとする方法は
こういうことだと思う。

今の分業が進んだ社会でやっていることは
こういうことだと思う。

本当に「あなた」という人を知りたければ、
部分だけではなく、「あなた」という人の全体を見ればいい。


細分化する、という手法や思考法は
ある意味今までは必要で、機能してきたんだと思う。

だけど、それが行き過ぎた結果、
今やっていることの「意味」が
よくわからなくなってきてしまっているんだろうな。

2007/5/17(木)
部分と全体(2)

今読んでいるディビッド・ボームの『全体性と内蔵秩序』
http://tinyurl.com/23mka3
によると、
"health"(健康)という単語は
全体」を意味する"hale"が語源なのだそうだ。
(同書、27ページ)

なるほど。

物事が全体としてバランスをもって機能することが
"healthy"なんだな。

だから"healthy"っていう言葉は、
人間の体の状態を表すときにも使うし、
人間関係の状態を表すときにも使うし、
会社の状態を表すときにも使うし、
社会の状態を表すときにも使う。

部分だけに目が行き過ぎて、
全体が見えなくなり、
全体としてのバランスが悪くなると、
"healthy"じゃなくなるんだな。

2007/5/18(金)
部分と全体(3)

部分だけに目が行き過ぎて
全体が見えなくなっている例は、
今の日本にはたっっっっくさんある。

自分が携わっている塾業界で言えば、
「受験」という人生の一時期だけをとにかくなんとかして、
その結果、その人の人生全体には悪影響を
与えてしまうような仕事をしているところは少なくない。

食品業界では、
分業化が進みすぎてしまい、たとえばケーキを作っている人が、
よろこんで食べている人の顔をイメージできなくなり、
ふつうでは考えられない適当な仕事をしてしまっている。

その他、毎日の生活の中でも、何かを買ったときも、
それが誰がどういう気持ちで作ったのかという
プロセス全体が見えないから、
物に愛情が注げなくて、どんどんゴミになってしまう。

これらのことは、「全体」が見えたときに、
案外簡単に解決されることのように思う。

作っている人の顔が見え、
プロセスにある工夫や苦労が見え、
使う人の笑顔が見えたら、
すぐにこういう問題はなくなると思う。

「全体」として理解し、「全体」を意識するようになったとき、
風通しやバランスが良くなって、
"healthy"になるんだと思う。

2007/5/19(土)
人とモノとの関係(2)

5/15に書いた「人とモノとの関係」について、
そして5/16-18まで書いた「部分と全体」に関して、
ずっと考えてきて、
ひとつ新しいアクションを決断しました。

5/21より工具の卸売商社である
新潟県長岡市本社の朝日産業株式会社の代表取締役を
兼ねることにしました。

この会社は私の父親が創業し、
33年続いている中堅企業です。

以前から、この会社から社長就任の依頼はあったのですが、
ソフィー・ジ・アカデミーの仕事との関連性が薄いと考えて、
断っていました。

それがここに来て、
「モノ」に真剣に向かい合うことが重要な時期に来たように
感じられるようになりました。

そして「モノ」に関わることで、
今まで向き合ってきた「成長」「心」の部分と合わせて、
「全体性」が完成するように思えてきました。

その他にも、様々な偶然や縁があり、
引き受けることにしたのです。

これにより、
いくつかのことが可能になると考えています。

(つづく)

2007/5/20(日)
人とモノとの関係(3)

ソフィー・ジ・アカデミーと朝日産業の代表を兼ねることで
出てくる新しい可能性について
あげてみます。

(1)他にはないソフィーの学習のノウハウを
   メーカーや問屋さん、工場などで利用してもらえる

     ソフィーのノウハウは、一般企業にとってもすごく有益なものですが、
     これまで特に企業に対するアプローチをしてきませんでした。
     これが朝日産業のネットワークにより容易になると思います。

(2)朝日産業の人材育成に役立つ

     ソフィーのノウハウはもちろん
     朝日産業内の人材育成にも役立つでしょう。
     中小の商社で人材育成のためのきちんとしたしくみを
     持っているところは少ないですが、
     これからそれが必要とされるでしょう。

(3)ソフィーの幅が広がる

     私自身がそうであったのと同様、
     ソフィーは「人」に関することは強い半面、
     「モノ」に対する意識は比較的弱い部分がありました。
     「モノ」のことに目が行くことで、発想と可能性の幅が広がる、
     と思っています。

(4)両社の風通しが良くなる

     ひとつの業界で同じ仕事をして同じ人ばかりと付き合っていると、
     風通しが悪くなり、成長しにくくなります。
     違う業界との行き来ができることで、
     風通しが良くなり新しい発想が生まれやすくなると考えています。

細かいところはまだありますが、
おおまかなところはこんなところです。

これからますます楽しくなりますよー。

2007/5/21(月)
選ぶこと(1)

「選ぶ」って学びの効果を高めるのに
とっても大切なことだと考えています。

なぜか。

(1)まず選ぶプロセスの中で、
   すでに学びが起こります。

   「どれが自分に必要か?」
   「どれが興味を引くか?」
   を考える中で、学習対象の全体像が自然に頭に入ります。
   (トップダウンですね)

(2)さらに選ぶプロセスは
  「買い物」と同じ原理で、
   気持ちを高揚させてくれます。

   だから、選んだ後に、一気に集中力が高い状態で
   学習に入っていけるのです。

(3)そして「選ぶ」行為によって
   「自分が選んだんだ!」といういい意味での責任感が生まれます。
   英語でこれを"ownership"(所有感)と呼びます。
   この"ownership"があることで、何か障害が途中であっても、
   他人のせいにせずにやり続けられる確率が高くなります。

2007/5/22(火)
選ぶこと(2)

この「選ぶこと」は、
ソフィーの学習塾でもっとも活用されています。

塾生は、一から十まで
自分で選択することができます。

まるで買い物を楽しむかのように、
自分の学ぶ内容を決めていきます。

これがいかに自然にモチベーションをあげるかは、
一度長岡の学習塾に来て、
その塾生たちの顔と場所の雰囲気を見てもらったら
わかると思います。

そしてもちろん、「行動するための洋書塾」「行動するための英会話」
でも「本を選ぶ」「話す内容を選ぶ」というように、
この原則をとても大切にしています。

2007/5/23(水)
選ぶこと(3)

「選ぶこと」があふれているところは活気にあふれている。
「選ぶこと」が全くできない場所は沈んでいる。

ショッピングは誰にとってもワクワクする体験だろう。
あれが「選ぶこと」が持っている力だ。

そしてこの力が資本主義の国の原動力だ。

逆に「選ぶこと」ができない、社会主義の国は、
どんよりとした雰囲気になる。
ワクワク感がない。

2007/5/24(木)
選ぶこと(4)

学校にも会社もっと「選ぶ」場面があったら、
楽しくなるだろう。

もし学校に朝行ったとき、
ショッピングを楽しむような気持ちで、
自分がその日に学ぶことを選べたら、
どうなるだろう?

もし会社に行ったとき、
デパートに行った時のような気持ちで、
自分がその日に会社のためにできる仕事を選べたら、
何が可能になるだろう?

2007/5/25(金)
選ぶこと(5)

「選ぶこと」はやっぱり大切。
そして面白い。

だからソフィーでは
楽しく選べる機会をたくさんつくっていきたいな、
と思っています。

そして今回、WEBキャンパスでも
読む本を選べるようにしました!
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
http://www.sophy-ac.com/webc/0707a.html

2007/5/26(土)
すくすく育っています

永田農法で育て始めたトマト。
今のところ順調に育っています。

いっしょに始めたほうれん草は、
すこし弱ってきてしまいましたが、
こちらはかなり力強くなってきました。


2007/5/27(日)
ソフィー・ザ・コミュニケーション大学!(1)

今日、長岡新キャンパスで、
「コミュニケーション大学」を開催しました。


やってみて、とても良かった!

コミュニケーションって、
人間にとって最も大切なものの一つだけど、
それを改めて学ぶ場所って、
あまりない。

だから、これはやってみて
すごく意味があったと思う。

ちょっと用事があって、
終了後のシェアをスタッフとはまだしていないのですが、
まずは月一回程度で継続してみてもいいかも、
と思いました。

2007/5/28(月)
ソフィー・ザ・コミュニケーション大学(2)

今日の長岡チームスタッフのミーティングで、
「継続してやりたい!」ということで
意見が一致しました。

7月から、まずは月一回で継続開催します。

くわしくはこのホームページ上でお知らせします。
お楽しみに!!

2007/5/29(火)
2億分の1(1)

われわれは、脳みそで処理しているすべての情報のうち、
たった2億分の1しか意識で感じることができないそうだ。

2億分の1。

ちょっと信じられない数字だ。

しかも目の前の情報の中には
脳で処理できていない情報もまだたくさんあるだろう。

だから、すべての情報のうち
意識的にとらえられているものの割合は
もっと小さな数字になる。

「氷山の一角」どころの話ではない。

それよりもずっとちょっとしか、
われわれは「見えて」いない。

と言うよりも、
われわれにはほとんど何も見えていない、
と言った方が近い。


「現実」って一体何なのだろう?

2007/5/30(水)
2億分の1(2)

私たちが知覚していることは
2億分の1に過ぎない。

そして、2億分の1のことを
「現実のすべて」だと思い込む。

その結果
「それが人生だから」
とあきらめる。

「この業界は、いつもこうだから」
と投げやりになる。

でも、大丈夫。

1億99999999のことを
われわれは知らない。

実際にはまだ1億99999999の選択肢が
そこには存在している。

われわれは、一般に思われているより、
もっと自由だ。

2007/5/31(木)
空っぽ

原子は原子核と
そのまわりを飛び回る電子からできている。

中学の教科書で
イラスト付きで出てくるから
イメージを覚えている人は多いと思う。
(こんな感じ↓)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:Atome_de_Rutherford.png

ただ、実際は、原子核はこんなに大きくない。

もっともっと小さい。

さて、本当の原子核の直径は
原子全体の直径に対して、
何分の1くらいだと思いますか?

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