|
2007/5/4(金)
スモール・スクール(1)
5/2日にサティシュ・クマールさんの講演会に行ってきました。
http://kachina.sakura.ne.jp/kumar/
サティシュさんは「スモール・スクール」という名前の子供向けの学校と、
シューマッハ・カレッジという大人向けの学校をイギリスで運営しています。
今、WEBキャンパスで取り上げている本の著者、
Margaret Wheatleyのことを調べていたときに、
この学校のことをはじめて知りました。
つい先日のことです。
http://scoh.exblog.jp/4868563
興味を持って、調べていると、
その学校を作った人がちょうど日本に来ることを知りました。
しかも恵比寿キャンパスから自転車で10分くらいの
場所が会場。
縁を感じて、すぐに申し込んだんです。
お話を聞きにいって、
とてもよかった。
たくさんの刺激を頂いてきました。
というのは・・・
(つづく)
|
|
2007/5/5(土)
スモール・スクール(2)
まず、刺激になったのは、
「小さな学校をつくる」
という考えをもって、大胆に行動している、
という人がすでにいるということ。
3/16の「今日の学長」(リンク)で書いたように、
有機的な小さな学びのコミュニティが
あちこちにあったら、楽しいんじゃないか、
それがソフィーが目指すイメージなんじゃないか
という話はよくしていた。
そのあたりのイメージが、
「ソフィーのものがたり」にも反映されている。
サティシュさんの「スモール・スクール」の発想は
ソフィーのイメージとたくさんの共通点があった。
(またつづく)
|
|
2007/5/6(日)
スモール・スクール(3)
さらに刺激になったのは、
その「スモール・スクール」という考え方に
共感して集まった人が本当にたくさんいたということ。
講演会130人の定員が、
あっという間に満員になり、
受付開始から数週間(数日間かも)で締め切りになってしまった。
これは心強い。
もっとわれわれも自信を持って、
こういうコンセプトを話していっていいのかも。
背中をグッと押された気がした。
|
|
2007/5/7(月)
渇望
すでに何回か書いたように
ほうれん草とトマトを
「永田農法」と呼ばれる方法で育て始めている。
これは別名「スパルタ農法」とも呼ばれていて、
水と養分を野菜が「欲しい!」と渇望し、
もう我慢できない限界まで待ち、
ギリギリのタイミングで最低限のみを与える、
という方法だそうだ。
その結果、水も養分も贅沢に育てた野菜よりも、
甘くてモチモチの野菜になるという。
この「渇望」というのがミソのような気がする。
心がカラカラになるほど「欲しい!」と思ったもの。
その度合いが高いものほど、
生命はそこから自分の身になるものを吸収する割合が
高くなるのかもしれない。
自分を育てたければ、
まずはこの「渇望」を起こす。
(ソフィーメソッドのフォーカス、心理的リアクタンスなどはこの典型)
チームを育てたければ
その中に「渇望」を促進する。
(同じくソフィーメソッドのマスターマインディングはこれに役立つ)
答えを探したり、
答えを与えたりする前に、
これが大切、ということかも。
|
|
2007/5/8(火)
たのしくやろう
正しいことでも、つまらないことには
人はついてこない。
一時的についてきても
決して続かない。
だから、良いことほどたのしくやろう。
良いことで、たのしくて、
経済的にも見返りがあるものであれば、
やらない理由がない。
人は最初は遠巻きに様子を見ているかもしれないけど、
だんだん興味を持って近づいてきて、
力を貸してくれるようになる。
「良いことは、苦しまないと成し得ない」
という考えにしがみついている必要はない。
良いことをやったら、まわりは喜ぶし、
社会を良くするし、自分も気持ちいい。
だから本来そういうことは
たのしいものなんだ。
|
|
2007/5/9(水)
ごみ拾い(&カレー)大会
行動するための洋書塾@長岡キャンパスの
行動は加速しています。
先月末のマスターマインディングで
ごみ拾い(&カレー)大会を
みんなの力を合わせてすることになりました。
日ごろお世話になっている長岡の街に感謝の意味をこめて
ごみを拾って歩き、
お腹がすいたところでみんなで作ったカレーを食べよう、
という会です。
日にちは5月20日(日)。
(くわしくはHPでお知らせします)
その打ち合わせを今日、行いました。
わずか1時間足らずのうちに
でてくるアイデアの嵐。

とってもクリエイティブな
ごみ拾い大会になりそうです!
|
|
2007/5/10(木)
対話に満ちた学校
ソフィーは「対話に満ちた学校」だと思う。
学習塾でも洋書塾でもたくさんの対話が起こる。
そしてその対話の中から
たくさんの発見と驚きが起こる。
同時になにかに包まれたような安心感も
その場所に育っていく。
そして不思議とひとりで集中している人にとっても、
この話し声がうるさく感じない。
それどころか気持ちよく、やる気を刺激してくれる。
|
|
2007/5/13(日)
対話(1)
「対話」って今の世の中にはとても少ないのかな、と思う。
「おしゃべり」はいっぱい存在している。
「議論」も結構ある。
「説得」もたくさんある。
だけど「対話」ってないんだよな。
|
|
2007/5/14(月)
対話(2)
対話は新しいものを作り出す。
対話は人を楽しい気持ちにさせる。
対話は人に新しい学びを運んでくれる。
対話はそれ自体で人の癒しになる。
対話は社会の風通しを良くしてくれる。
だから対話がたくさん起こる
心地のいい場所をたくさん作りたい。
ひとつつくるのに10年かかった。
だけどひとつできたら、
ふたつ目以降は、ずっと簡単だと思う。
|
|
2007/5/15(火)
人とモノの関係(1)
今まで、「人と人との関係」については
よーく考えてきたつもり。
そしてできる範囲で行動にも移してきたつもり。
「人と知識の関係」もかなり考えたな。
「人と自然との関係」も、行動はこれからだけど、
考えてきたほうだと思う。
でも、「人とモノとの関係」は
正直言って軽視してきたところがある。
物質的なものよりも大切なものがある、
と思って軽く見ていたところはある。
でも、そろそろモノに関しても、
じっくり考えてみてもいいかな。
そう近頃思っている。
だってモノは身の回りにこんなにたくさんある。
そして毎日お世話になっているのだから。
|
|
2007/5/16(水)
部分と全体(1)
たとえば「あなた」という人を見るときに、
部分を切り離して心臓だけを見ても、
どんな人なのかはわからない。
細胞レベルにまでこまかく切り刻んで
顕微鏡で観察してみたところで、
「あなた」という人を知ることは出来ない。
極端な例えだけど、
要するに今の科学でやっていることは
こういうことだと思う。
分析して物事を理解しようとする方法は
こういうことだと思う。
今の分業が進んだ社会でやっていることは
こういうことだと思う。
本当に「あなた」という人を知りたければ、
部分だけではなく、「あなた」という人の全体を見ればいい。
細分化する、という手法や思考法は
ある意味今までは必要で、機能してきたんだと思う。
だけど、それが行き過ぎた結果、
今やっていることの「意味」が
よくわからなくなってきてしまっているんだろうな。
|
|
2007/5/17(木)
部分と全体(2)
今読んでいるディビッド・ボームの『全体性と内蔵秩序』
http://tinyurl.com/23mka3
によると、
"health"(健康)という単語は
「全体」を意味する"hale"が語源なのだそうだ。
(同書、27ページ)
なるほど。
物事が全体としてバランスをもって機能することが
"healthy"なんだな。
だから"healthy"っていう言葉は、
人間の体の状態を表すときにも使うし、
人間関係の状態を表すときにも使うし、
会社の状態を表すときにも使うし、
社会の状態を表すときにも使う。
部分だけに目が行き過ぎて、
全体が見えなくなり、
全体としてのバランスが悪くなると、
"healthy"じゃなくなるんだな。
|
|
2007/5/18(金)
部分と全体(3)
部分だけに目が行き過ぎて
全体が見えなくなっている例は、
今の日本にはたっっっっくさんある。
自分が携わっている塾業界で言えば、
「受験」という人生の一時期だけをとにかくなんとかして、
その結果、その人の人生全体には悪影響を
与えてしまうような仕事をしているところは少なくない。
食品業界では、
分業化が進みすぎてしまい、たとえばケーキを作っている人が、
よろこんで食べている人の顔をイメージできなくなり、
ふつうでは考えられない適当な仕事をしてしまっている。
その他、毎日の生活の中でも、何かを買ったときも、
それが誰がどういう気持ちで作ったのかという
プロセス全体が見えないから、
物に愛情が注げなくて、どんどんゴミになってしまう。
これらのことは、「全体」が見えたときに、
案外簡単に解決されることのように思う。
作っている人の顔が見え、
プロセスにある工夫や苦労が見え、
使う人の笑顔が見えたら、
すぐにこういう問題はなくなると思う。
「全体」として理解し、「全体」を意識するようになったとき、
風通しやバランスが良くなって、
"healthy"になるんだと思う。
|
|
2007/5/19(土)
人とモノとの関係(2)
5/15に書いた「人とモノとの関係」について、
そして5/16-18まで書いた「部分と全体」に関して、
ずっと考えてきて、
ひとつ新しいアクションを決断しました。
5/21より工具の卸売商社である
新潟県長岡市本社の朝日産業株式会社の代表取締役を
兼ねることにしました。
この会社は私の父親が創業し、
33年続いている中堅企業です。
以前から、この会社から社長就任の依頼はあったのですが、
ソフィー・ジ・アカデミーの仕事との関連性が薄いと考えて、
断っていました。
それがここに来て、
「モノ」に真剣に向かい合うことが重要な時期に来たように
感じられるようになりました。
そして「モノ」に関わることで、
今まで向き合ってきた「成長」「心」の部分と合わせて、
「全体性」が完成するように思えてきました。
その他にも、様々な偶然や縁があり、
引き受けることにしたのです。
これにより、
いくつかのことが可能になると考えています。
(つづく)
|
|
2007/5/20(日)
人とモノとの関係(3)
ソフィー・ジ・アカデミーと朝日産業の代表を兼ねることで
出てくる新しい可能性について
あげてみます。
(1)他にはないソフィーの学習のノウハウを
メーカーや問屋さん、工場などで利用してもらえる
ソフィーのノウハウは、一般企業にとってもすごく有益なものですが、
これまで特に企業に対するアプローチをしてきませんでした。
これが朝日産業のネットワークにより容易になると思います。
(2)朝日産業の人材育成に役立つ
ソフィーのノウハウはもちろん
朝日産業内の人材育成にも役立つでしょう。
中小の商社で人材育成のためのきちんとしたしくみを
持っているところは少ないですが、
これからそれが必要とされるでしょう。
(3)ソフィーの幅が広がる
私自身がそうであったのと同様、
ソフィーは「人」に関することは強い半面、
「モノ」に対する意識は比較的弱い部分がありました。
「モノ」のことに目が行くことで、発想と可能性の幅が広がる、
と思っています。
(4)両社の風通しが良くなる
ひとつの業界で同じ仕事をして同じ人ばかりと付き合っていると、
風通しが悪くなり、成長しにくくなります。
違う業界との行き来ができることで、
風通しが良くなり新しい発想が生まれやすくなると考えています。
細かいところはまだありますが、
おおまかなところはこんなところです。
これからますます楽しくなりますよー。
|
|
2007/5/21(月)
選ぶこと(1)
「選ぶ」って学びの効果を高めるのに
とっても大切なことだと考えています。
なぜか。
(1)まず選ぶプロセスの中で、
すでに学びが起こります。
「どれが自分に必要か?」
「どれが興味を引くか?」
を考える中で、学習対象の全体像が自然に頭に入ります。
(トップダウンですね)
(2)さらに選ぶプロセスは
「買い物」と同じ原理で、
気持ちを高揚させてくれます。
だから、選んだ後に、一気に集中力が高い状態で
学習に入っていけるのです。
(3)そして「選ぶ」行為によって
「自分が選んだんだ!」といういい意味での責任感が生まれます。
英語でこれを"ownership"(所有感)と呼びます。
この"ownership"があることで、何か障害が途中であっても、
他人のせいにせずにやり続けられる確率が高くなります。
|
|
2007/5/22(火)
選ぶこと(2)
この「選ぶこと」は、
ソフィーの学習塾でもっとも活用されています。
塾生は、一から十まで
自分で選択することができます。
まるで買い物を楽しむかのように、
自分の学ぶ内容を決めていきます。
これがいかに自然にモチベーションをあげるかは、
一度長岡の学習塾に来て、
その塾生たちの顔と場所の雰囲気を見てもらったら
わかると思います。
そしてもちろん、「行動するための洋書塾」「行動するための英会話」
でも「本を選ぶ」「話す内容を選ぶ」というように、
この原則をとても大切にしています。
|
|
2007/5/23(水)
選ぶこと(3)
「選ぶこと」があふれているところは活気にあふれている。
「選ぶこと」が全くできない場所は沈んでいる。
ショッピングは誰にとってもワクワクする体験だろう。
あれが「選ぶこと」が持っている力だ。
そしてこの力が資本主義の国の原動力だ。
逆に「選ぶこと」ができない、社会主義の国は、
どんよりとした雰囲気になる。
ワクワク感がない。
|
|
2007/5/24(木)
選ぶこと(4)
学校にも会社もっと「選ぶ」場面があったら、
楽しくなるだろう。
もし学校に朝行ったとき、
ショッピングを楽しむような気持ちで、
自分がその日に学ぶことを選べたら、
どうなるだろう?
もし会社に行ったとき、
デパートに行った時のような気持ちで、
自分がその日に会社のためにできる仕事を選べたら、
何が可能になるだろう?
|
|
2007/5/26(土)
すくすく育っています
永田農法で育て始めたトマト。
今のところ順調に育っています。
いっしょに始めたほうれん草は、
すこし弱ってきてしまいましたが、
こちらはかなり力強くなってきました。

|
|
2007/5/27(日)
ソフィー・ザ・コミュニケーション大学!(1)
今日、長岡新キャンパスで、
「コミュニケーション大学」を開催しました。

やってみて、とても良かった!
コミュニケーションって、
人間にとって最も大切なものの一つだけど、
それを改めて学ぶ場所って、
あまりない。
だから、これはやってみて
すごく意味があったと思う。
ちょっと用事があって、
終了後のシェアをスタッフとはまだしていないのですが、
まずは月一回程度で継続してみてもいいかも、
と思いました。
|
|
2007/5/28(月)
ソフィー・ザ・コミュニケーション大学!(2)
今日の長岡チームスタッフのミーティングで、
「継続してやりたい!」ということで
意見が一致しました。
7月から、まずは月一回で継続開催します。
くわしくはこのホームページ上でお知らせします。
お楽しみに!!
|
|
2007/5/29(火)
2億分の1(1)
われわれは、脳みそで処理しているすべての情報のうち、
たった2億分の1しか意識で感じることができないそうだ。
2億分の1。
ちょっと信じられない数字だ。
しかも目の前の情報の中には
脳で処理できていない情報もまだたくさんあるだろう。
だから、すべての情報のうち
意識的にとらえられているものの割合は
もっと小さな数字になる。
「氷山の一角」どころの話ではない。
それよりもずっとちょっとしか、
われわれは「見えて」いない。
と言うよりも、
われわれにはほとんど何も見えていない、
と言った方が近い。
「現実」って一体何なのだろう?
|
|
2007/5/30(水)
2億分の1(2)
私たちが知覚していることは
2億分の1に過ぎない。
そして、2億分の1のことを
「現実のすべて」だと思い込む。
その結果
「それが人生だから」
とあきらめる。
「この業界は、いつもこうだから」
と投げやりになる。
でも、大丈夫。
1億99999999のことを
われわれは知らない。
実際にはまだ1億99999999の選択肢が
そこには存在している。
われわれは、一般に思われているより、
もっと自由だ。
|
|
|